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このページに掲載されている記事は、月刊じょうほう「オアシス」誌の記事を出版後に校正し直したものです。

ワイルドウエストと自然保護の町
ケーブクリーク(8)

2014年12月号
個人主義と自然愛護が共存

 ケーブクリークのマグアイヤー町会議員を訪ねてみた。そのインタビューで語られたケーブクリークが持つユニークな性格をまとめてみよう。
 ケーブクリークの住民は、いわゆる「自由」を満喫する生活を求めている。政府を始め、他者から、ああしろ、こうしろと言われるのを毛嫌いする。したがって、多くの住民が5エーカーなどの大きな敷地に住宅を建て、ゆったりと個人の生活を楽しむ空間をもうけ、周囲から指図を受けることなく暮らそうとする。ホームオーナー・アソシエーションなど、もっての他で、自分の住居のあり方をとにかく言われることには拒絶反応を示す。
 税金の支払いも同様だ。
 たとえば、消防署が良い例である。ケーブクリークには、町政府が運営する消防署がない。ケーブクリークの消防作業は、私企業が行っている。「火事など頻繁に起こらないのだから、なぜ、消防署を作ったりして自分たちの税金を使うのか」という理論のようだ。

   

 こうして、ここにはユニークな仕組みが出来上がった。私企業の消防サービス業者が、住民から一ヶ月$1,000ほどの入会費を集める。まるで保険制度のようなものである。ケーブクリークの住民の半数は、これに加入しているが、残りの半数は、入っていないとのこと。
 さて、いざ火事が民家に発生すると、この消防業者がやってきて、消火作業をする。一見、他の市の消防署となんの違いもない光景である。
 ところが、違いは、公共自治体の消防署と異なり、加入している住民には、消火作業はもちろん無料だ。ところが、非加入の住民の住宅が火災になると、消火作業は当然行うが、その後、その住民に請求書が送られてくる。普通、一軒の火災に2万ドルとか4万ドルという料金となる。これは、消火作業の料金なので、家屋などの損失は、火災保険で賄われるということだ。
 加入していない住民の言い分は、月に$1,000支払っても、全く火災が起こらなかったら、むだではないか、一体、どれほどの頻度で火災が発生するのか、頻度が低いのだから、火事になったときに料金を払えば良いではないか、ということだ。
 つまり、政府であるとか、管理団体であるとか、そういった他者や団体から制約を受けるのは、自分の自由を奪われることになる、という考え方のようだ。議論の余地があったとしても、これで住民自身に「選択する権利」が保障されている、ということが重要条件なのだ。
 小さな政府と個人の権利。ここに価値を見いだした人たち。社会保障制度など、人間を虚弱化させるという意見。ケーブクリークの中に流れているひとつの大きな基盤の思想かもしれない。

 

 

 

マクガイヤー町会議員(自宅にて)

 もう一つの特徴がある。ケーブクリークの住民は、高地の砂漠が大好きである。山々に林立するサワロのサボテン、神出鬼没するコヨーテ、ボブキャットなど様々な動物たち、澄んだ空気。なにもかもが豊富な自然の恵みで、この自然美に惚れた人々が、アメリカ各地からやってきて、ここで生活をしている。とにかく、できるだけ自然のままの姿の中に入って、生活をしようという人たちがほとんである。従って、観光客は歓迎するが、大規模な観光化による自然破壊には、大反対である。グランドキャニオンが観光ブームで、次々と新しい施設やバス運行システムができているのを見て、「グランドキャニオンのディズニーランド化」と揶揄したのもケーブクリークの住民だった。
ここに、彼らがスパークロスの自然保護を積極的に支援したゆえんがあった。自然保護のために増税案が出され、本来なら、政府からの増税など論外な住民が、圧倒的にそれを支援したのである。

 21世紀もいよいよという、1990年代。スパークロスという広大な砂漠地帯に大規模な土地開発計画が明らかになった。これは、その自然美をこよなく愛していた地元民にとって、寝耳に水の話だった。経済活性という観点から見れば、観光事業は、町にとって税収入となり、プラスのはずである。しかし、住民にとって、それ以上に大きな失ってはならないものがあった。それは、常に変わらぬ「自然美」だった。早速、数人から始まった反対運動は、飛び火をして、多くの住民が支援する運動に発展した。政治家達も動き出し、ついに、土地開発計画は、消滅してしまった。その後、保護区確立への増税案に賛成し、「自然美」を固守したのだった。

 ケーブクリークは、今後も大都市化へと変化することもなく、こうした「自然美」と「個人の権利」を執拗に守り続ける人たちによって、実にユニークで、またアメリカらしい地方自治体として、静かにかつ堅固に生存をつづけることであろう。

 

 

 開口一番、彼は「私は仏教徒なんです」と言う。「長いこと、チベット仏教などに魅せられて、毎朝5時に瞑想をしてから1日を出発するんです」と語り始めた。氏の宗教思想は、政治の分野に明確に反映しているという。
 人口がたった5,000人の小さな町だが、他の町にはない独自の方針を取り、これ以上大きくならない町を維持する。町民の多様性に関しては、「仏教徒の私が16年も町長をしているんですから、多様性は重んじる町ですよ」と。政治的にも共和党、民主党それぞれの支持者がいるが、多くが共和党寄りの独立党支持らしい。
 スパークロスの環境保護にも積極的にかかわってきた市長は、今、さらに4,000エーカーもの広大な砂漠地帯を買収して保護区にしようとしている。
 次の20年でおそらく人口増加は12,000人ほどと予測されているこのケーブクリーク。その独特なライフスタイルと砂漠の美に魅せられた人々が、これからも砂漠環境を保護しながら生活をしていくことになる。

 

フランシア町長(町会議ホールにて)
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