今回は、2020年国勢調査などの結果をもとに、人口推移とアメリカの未来の姿を予測した特集の3回目。今月は、人口増加を続けてきたアリゾナ州のデータを見て、アリゾナ社会への影響を考えてみよう。
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フェニックスの人口増加 |
不動産業者レッドフィン(Redfin)社は、不動産情報をネットで発信しながら、自社も売買も行い、新たな業務を展開している。この会社が近年の人口移動を統計的に算出した興味深いデータを発表した。
そのデータによると、アメリカ人が他州に引っ越しを決断する時に、その決め手となる大きな要因の一つは、生活コストの高低にあるという。つまり、人々は、住居費、食費、光熱費などの生活費が高い場所を嫌い、より経済的なコスト安の場所を選択しているのだ。
レッドフィン社のデータは、アメリカ人の引越し先と引越し元を数値で表している。それによると、昨年2020年に全米で引っ越しのインバウンド(流入)が最も多かったのが、フェニックスのメトロポリタンであった(図表1)。フェニックスのメトロポリタンとは、フェニックス市はもとより、その周辺都市、つまりテンピ、スコッツデール、メサ、チャンドラー、グレンデールなどのいわゆるマリコパ郡の一帯を指す。
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図表1 |
一方、全米の中で多くの人々が流出している生活費が高い場所とは、カリフォルニア州やワシントン州の太平洋岸にある都市や大西洋側のニューヨークが挙げられている(図表2) 。
フェニックスのメトロは、これまで多くの人口流入を受け入れてきた場所だ。美しい自然、温暖な気候、そして安価な生活費がその魅了のポイントだった。しかし、近年は、その上に、高収入を可能とする仕事、つまり好条件の雇用機会がフェニックス一帯に存在していることが、人口流入に拍車をかけている。しかも、アリゾナ州は、カリフォルニア州よりも各種の税率が低いということで、生活上の利点は大きい。
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図表2 |
図表3は、2014年から2018年の4年間で、アリゾナ州全体、フェニックス市、そしてツーソン市に引っ越してきた人たちの数と、引越し元の州を調査した結果である。これで明白なのは、カリフォルニア州を去ってアリゾナに来た移住者の数が、他州を抜き出るほど大きいということだ。
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図表3 |
さて、アリゾナ州内の各都市における人口増加率を見てみよう(図表4)。これは、国勢調査局による2020年調査結果と2021年の人口予測数を比較したものである。このデータによると、各市が著しい増加率を出しているが、とりわけクイーン・クリークやバッカイなど、フェニックス市の中心から少々距離を置く場所で、新住宅街が急速に広がる郊外の町が顕著な増加を示していることがわかる。
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図表4 |
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企業の流入と事業拡大 |
人間だけが他州からアリゾナに引っ越してくる訳ではない。どんなに気候が良く、生活費が安くても、仕事がなければ生活ができない。アリゾナの人口増加を促進している鍵は、企業の流入にある。そして、その結果、雇用機会の著しい拡大が生まれている。
昨年一年だけでも非常に多くの会社がアリゾナにオフィスや工場を構えるようになった。
図表5は、昨年と本年にアリゾナで新たな業務を開始、あるいは開始予定を発表した会社の一覧である。
こうして見ると、ハイテク産業が主流となってアリゾナ州内に引越し、あるいはビジネス拡大で工場やオフィスを構えていく傾向が強い。
また、国外からも企業流入があり、台湾のTSMC(タイワン・セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)が大型工場をフェニックスに建設し、2024年の工場完成時には、約1,900もの社員を雇用する予定になっている。
また、チャンドラー市に大型工場を稼働しているインテル社は、さらに200億ドルを投じて2つの工場をチャンドラーに新設することを発表した。現在、12,000人の従業員を抱える当社は、さらに3,000人のエンジニアとテクニシャンを採用することになる。工場完成は、2024年。
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図表5 |
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変化するアリゾナの政治環境 |
こうした人口移動は、アリゾナ州全体の政治(とりわけ選挙結果)にも影響を与えている。
2020年11月に行われた大統領選挙では、その一端が表面化した。アリゾナ州の選挙結果は全米の注目を浴びたが、上院議員選挙と大統領選挙で、多数票が民主党に流れた。伝統的に共和党が強いアリゾナ州でのこの大異変を、全米メディアがとりあげ、「アリゾナは、ブルーになった」と報じた。
アメリカでは、共和党は赤色、民主党は青色という風に色で区別をしているが、レッド(共和党)主流がブルー(民主党)主流に変化したアリゾナで一体何が起こったのか。
まず、挙げられる要因は、今回の選挙にアリゾナのラティノ系アメリカ人の投票数が著しく伸びたことである。アリゾナは、メキシコに隣接する州で、当然、メキシコなどからのラティノ系が人口を増やしてきている。その上、ラティノ系は、伝統的に民主党支持の傾向が強く、当然ブルーへの移行に多大な寄与をしたことになる。
その他、アリゾナをブルーにした要因はいくつか挙げられるが、面白いのは、人口流入が与えた影響だった。
その顕著な例は、カリフォルニアからアリゾナへ引っ越してきた人たちである。カリフォルニア住民は、民主党支持者が多く、彼らのアリゾナでの投票は、当然ブルーの勢力を強めることになった。 |
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州代表の下院議席 |
10年に一度行われる国勢調査によって決定される項目の一つが、各州代表の連邦下院議席である。
下院の議席定数は、1911年に決定され、435議席と定められている。この議席を全米の50州に配分する訳だが、各州の議席数を決めるのに、国勢調査の結果が決め手となる。
ちなみに、上院の議席数は、100と決まっており、各州から2議席が配分されている。
さて、2020年の国勢調査の結果、下院の議席数を減らした州と増やした州がある。図表6は、その状況を示す。全米で7州が、人口減少によって議席数を減らすことになった。一方、6つの州が議席を増やし、テキサル州は2議席増加となった。アリゾナ州は変更なし。
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図表6 |
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人口増加が及ぼす悪影響は? |
次に人口増加が関与する悪影響に目を向けてみよう。当然、アリゾナの人口増加は、州内の経済発展に大きく寄与することになるが、その反面、私たちの生存に多大な危機を及ぼすほどの破壊作用を生んでいることも事実である。
実際、近年、世界の科学者たちが警鐘を鳴らしてきたことであるが、人間社会と自然界との深刻なアンバランスが浮き彫りになってきた。
まず、最も大きい問題は、環境汚染である。内外で認められている自然美を誇るアリゾナ州だが、その美しい自然環境が破壊への道を辿る脅威にさらされている。
とりわけ、アリゾナにとって深刻な問題は、水である。年間300日以上太陽が照り続けるというアリゾナ州だが、要するに雨が降らないということだ。長い間、州全体で厳しい干ばつの状況が続き、山火事の被害は後を絶たない。CAP(Central Arizona Project)と呼ばれる水確保のシステムによって、コロラド川からの引水に助けられてきたアリゾナだが、その頼みであるコロラド川の水量も十分ではなくなっているのが現実である。水の確保は、州にとって最大の関心事でなければならない。昨年、西海岸で起きた大規模な山火事は、悲惨を極める結果となったが、その隣のアリゾナでも、同様なあるいは、それ以上の災害が起きる可能性が非常に高いという現実がある。
次に大気汚染。アリゾナ州は、「グランドキャニオン州」と呼ばれ、世界の七不思議の一つであるグランドキャニオン国立公園が州内にある。この国立公園における空気は確実に汚染度が進み、自動車の排気ガス、火力発電所の煤煙、また、アリゾナの隣、カリフォルニアから流れてくる汚染された空気が、グランドキャニオンの上空に漂っている。とりわけ、昨年起きたカリフォルニアでの数々の大規模な山火事により、汚染された煙が容赦なくアリゾナの上空に流れ込んできた。
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図表7 |
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バイデン政権の気候変動政策 |
本年1月に就任したバイデン米国大統領は、就任初日に、トランプ政権で離脱したパリ協定の復帰に関する文書に署名し、精力的に環境関連の新政策を打ち出した。全世界の温室効果ガス排出量を2050年までに実質ゼロにするという目標に向け、世界をリードする立場を明確にした。バイデン大統領の選挙公約と就任後の状況を見ると、排出ガスの規制強化に関しては、まず、2035年までに炭素汚染のない電力部門構築を達成。新たな燃料基準の設定により、小型と中型自動車の100%電動化を目指す。そして、政府機関使用の自動車は、米国製のゼロエミッション車に移行し、脱炭素型の電力購入、石油・ガス掘削に対する公用地の新規借用契約停止、化石燃料への助成金撤廃などを指示している。 |
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フェニックス市の取り組み |
アリゾナ州内の各地方自治体では、温室効果ガスの排出量を削減するために、様々な方策が採用され始めた。例えば、フェニックス市は、人口増加率の最先端を走る町である故に、尚更、環境保全への対応が深刻である。市は、2025年までに40%の排出量削減を目指して、クリーンエネルギー技術を採用し、ライトレイル電車路線の拡張充実、省エネ技術を使った交通信号設置などを行ってきた。図表8は、フェニックス市とアリゾナ州立大学がまとめたグラフで、温室効果ガス排出量削減の成果と人口増加を示している。
以下がフェニックス市がこれまで取り組んできた対策。
・ゴミ埋立処分場から発生するメタン排出ガスを回収し、他の燃料利用に代替するシステムの設置。
・市バスやゴミ収集車に使う燃料を従来のディーゼルからバイオディーゼルにして、二酸化炭素を発生させない。
・省エネルギーの効率化を促進し、ビルの設備、交通信号、排水処理と水の再利用などに活用する。
・太陽熱設備を設置。
・スカイハーバー空港でのスカイトレイン電車路線を建設し、路上交通量を削減。
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図表8 |
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ツーソン市の対応 |
ツーソン市は、昨年9月に決議書23222を採決し、2015年に採択されたパリ協定に準じ、温室効果ガス排出量削減を目指し、水資源、市営公園インフラ、リサイクルのシステムなどに全市をあげて取り組むとした。 |
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州政府の取り組み |
州政府では、地球温暖化に対する考え方の相違が環境保全への対応に足止めをかける時期があった。しかし、ようやく、昨年10月にアリゾナ交易事業委員会(Arizona Corporation Commission)が新たな環境保全プランを発表し、2050年までに二酸化炭素排出の100%削減を目標に、公共事業を統制する方向でまとまった。 |
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SRPの試み |
アリゾナの大手電力会社のSRP(Salt River Project)社は、4月に面白いアナウンスをして話題になっている。SRP社は、消費者がガソリン自動車から電気自動車に切り替えるべき21もの理由をあげて、本年、積極的に電気自動車を推進することを発表した。その21の理由の中には、ガソリン車より電気自動車の方が経済的であることや、排気ガスがない電気自動車が環境保全を促進することを挙げ、その中で、SRP社の顧客が2021年12月31日までに電気自動車を購入あるいはリースした場合に、会社が1,000ドルのチェックを顧客に発行するという項目を入れた。 |
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人口増加が拍車をかける住宅価格の上昇


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アメリカの住宅価格は、パンデミックという状況下にあって、急上昇している。その価格を押し上げている要因は、何だろうか。まず、コロナ禍によって会社に通勤しないで自宅で仕事をする人が増えたことで、より多くのアメリカ人が住宅を購入しようとしていること。二つ目は、住宅ローンの金利が極めて低いこと。そして、多くのミレニアル世代が住宅を求めていることがアメリカの住宅ブームを作り上げている。
そして、そんな全米の中で、住宅価格の増加率が最も高いところがアリゾナ州のフェニックスである。これは、フェニックスの人口増加によって、住宅価格の急騰に拍車がかかっているということである。図表9は、Zillow社が調べたフェニックスにおける住宅中間価格の推移だが、リーマンショックで世界的な経済破綻をした2008年から2010年ごろに極端に下落した住宅価格だが、その後、ぐんぐんと上昇している。そして、今後も上昇傾向はスローダウンする様子が見られない。図表10は、住宅建築許可数の状況を表しているが、住宅供給は伸びている。しかし、住宅需要はそれ以上に上昇をしているため、消費者にとって、住宅購入は大きな問題となっている。
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図表9 |
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図表10 |
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経済開発か環境保全か、二者択一を克服する時 |
これまで長い間、経済開発と環境保全は相対する位置にあり、政治的にも両者が対立関係に陥ってきた歴史がある。しかし、この両者が共存して前に進まざるを得ない時代を迎えている。環境を守る新しい技術や新しいビジネスが雇用を促進し、経済を発展させ、同時に地球規模で環境を守っていく方途が確立されなければならない。
今後の私たちの生活と社会がその方向に進むよう、努力を続ける必要がある。 |