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このページに掲載されている記事は、月刊じょうほう「オアシス」誌の記事を出版後に校正し直したものです。

ケーブクリーク・キャニオンを走る

2021年2月号

 アメリカの旅行作家、ウィリアム・リースト・ヒートムーン (William Least Heat-Moon)が書いたBlue Highways(日本語版のタイトルは、ブルーハイウェイ:アメリカ漂流)で、「私が今まで見たことがない、最も奇妙な形の地形の一つ」と描写したこの地。それが、ケーブクリーク・キャニオンである。彼は、アメリカを車で横断し、広大なアメリカ大陸各地の話を小説に盛り込んだ。
 その「奇妙な形」の岩山がそびえるこの一帯は、チリカワ山脈と呼ばれ、コロナド国立森林公園に指定されている。かつてジェロニモが率いるアパッチ族が出没し、西部劇でおなじみの無法者や指名手配人が逃げ隠れた場所だった。アパッチ族は、ここに神聖なる山を見、その神々しき岩の形に峻厳な力を感じていた。
 今月は、このケーブクリーク・キャニオンを訪れ、山道を登ってその神聖な自然に接してみよう。

この一帯は、オジロシカの生息地

 
 
チリカワ山脈の「奇妙な形」とは

 

 リースト・ヒートムーンが描写した「奇妙な」格好をした岩の数々。それは、数えきれないほどの岩の柱が寄り添って、その頂点には、今にも転げ落ちそうな岩石がチョンと乗っかっている、という形だ。まさに大きな力を持った誰かが、いたずらで岩を置いたのではないかと思えるほどだ。そこに自然の畏敬を感じた先住民は、この地を聖なる地として大切にした。
 さて、その形成経緯の出発は、2700万年前にさかのぼる。それは噴火だった。大地を揺るがす大火山活動が起き、地下から吹き出す火山灰は、大空に舞い上がり、1200平方マイル(3108平方キロメートル)もの広大な大地に降り落ちた。そして、その火山灰の総量は、100立方マイル(約4000立方メートル)というので、当然、一つの山脈が出現しても不思議ではない。その火山灰の堆積が冷えると巨大な岩石となる。そして今度は、それが雨と風で風化をしていく。大きな岩の間に縦に亀裂が入り、岩が柱のように割れていく。そして、そこにさらに風化作用が働き、長い時間を経て、いわゆる「奇妙な形」の岩山が形成されたのだ。

   

チリカワの名前の由来は?

 チリカワ (Chiricahua)は、現在のメキシコ北部からアリゾナ南部一帯に住んでいた先住民、オパタ族の言葉で、彼らがこの山を「チリ・カウィ」と呼んだことからきているようだ。「チリ・カウィ」とは、七面鳥のことだ。と言うのも、かつて、この山々にはかなりの数の野生の七面鳥が生息していた。残念ながらその七面鳥は、人間の乱獲で死滅してしまった。そこで、1980年代にメキシコから野生の七面鳥が南アリゾナ一帯に持ち込まれ、再び繁殖している。なお、そのオパタ族も今では、メキシコ人の中に同化して先住民族として存在していないし、その言語も死滅してしまっている。

 

山の小川の流れは、夜の冷気で氷となった

 

 

 
ケーブクリーク・キャニオンの名前の由来は?

 さて、次に「ケーブクリーク」の名前を見てみよう。ケーブとは「洞窟」で、クリークとは「小川」の意味。その名の通り、確かに小さな小川が流れている盆地で、穴が開いた岩山が各所に見られる。この穴は、その昔の大火山による地殻変動が生み出したものだ。現在、考古学者が洞窟の調査をしているが、かつての先住民がこうした洞窟で生活をしていた形跡が見つかっている。ここの洞窟は、長い間、人間だけでなく、多くの様々な動物たちの隠れ場所だったり、休息の場となってきたに違いない。

   
チリカワ国立記念物 (Chiricahua National Monument)
今にも落ちてきそうな岩が頂点に乗っかっている
チリカワ国立記念物の入り口周辺を歩き回るシカ

 

 ケーブクリーク・キャニオンを通過し、車でそのまま山道を走り続ける。この道は、42 フォレスト・ロードという名で、途中から未舗装の道となる。山をどんどんと登っていき、頂上に着くと、今度は下りの道となる。そして、下り終わってそのまま走り続ける。途中、シカや鳥などが現れ、大自然に育まれた生命の呼吸を感じる。
 そして、その道が終わる頃、チリカワ国立記念物の標識が現れる。そこがこの公園の入り口となる。ケーブクリーク・キャニオンの出発点から約1時間余のドライブである。
 この公園のビジターセンターの周囲に駐車場があり、そこから、ハイキングのトレイルが続く。この一帯もオジロシカの生息地で、何頭にも出会すことがある。ハイキングは、山の登り降りがあり、次々と姿を見せる岩の柱の林立を見ながら、歩き続ける。
 夏は、90°Fまで気温が上がるので、水分を十分にとる必要があるが、年間を通して比較的温暖な気候が続く。かつてこの地に出没したアパッチ族は、すでに連邦政府によってアリゾナ東部のサンカルロス居留区に強制移動させられ、今、その姿を見ることはできない。
大自然の勇壮な姿と人間の確執の歴史を伝えるチリカワ山脈である。

公式サイト