HOME

カテゴリー別

このページに掲載されている記事は、月刊じょうほう「オアシス」誌の記事を出版後に校正し直したものです。

切実に迫るアリゾナの水不足

2021年10月号

 米国内務省に所属する政府機関の一つに開拓局がある。1902年に「土地開拓法」が成立し、合衆国西部の水資源を分配し、調達や貯蓄することで、灌漑、給水、また水力発電などの実施を目的に誕生した機関である。とりわけ、コロラド川の水資源に関するプロジェクトは、重要な仕事となってきた。
 その開拓局が、本年8月16日に劇的かつ歴史的な発表を行った。
 今月は、この重大発表によるアリゾナへの影響を探ってみよう。

水面が低くなりつつあるパウエル湖
   
ナバホ橋から見下ろすコロラド川
 
ミード湖(Lake Mead)

 

 

 

 

 

 ミード湖は、アリゾナ州とネバダ州の州境に位置する人造湖。1936年に完成したフーバー・ダムによって砂漠の真ん中に突然生まれた貯水用の湖である。この水は、アリゾナ、カリフォルニア、ネバダの3州と下流のメキシコのために使われ、水源が継続的に維持されることを目的としてきた。
ミード湖の大きさは、長さが112マイル(180キロメートル)、深さが532フィート(162メートル)で、最大許容水量は、2,612万エーカーフィート。エーカーフィートはアメリカで使われている水資源の量を表す単位である。
あまり日常生活で使わない単位なので、下の例でその大きさが想像できる。これは、一般家庭で1エーカーフィートの水を使うのにかかる平均年数の推測である。
一人住まい=約7.5年
二人住まい=約3.7年
三人住まい=約2.7年
四人住まい=約1.8年
五人住まい=約1.48年

   
水量激減のミード湖

 ミード湖は、フーバー・ダムの完成後、水を満々とたたえていた。ところが、1983年を境に水量が減少し始めた。この原因は、一つに爆発的な人口増加によって水の消費量が増え続けてきたことがあげられる。もう一つは、干ばつである。気温の上昇とともに、雨量が減り続け、コロラド川の水量に大きな影響を与えてきた。コロラド川は、ロッキー山脈から流れる雪解け水を源としているが、降雪量も減少の一途をたどっている。
2021年の6月30日現在で、湖の水量は、最大許容水量全体の35.17%まで減少し、910万エーカーフィートとなってしまっている。

   
CAP
(セントラル・アリゾナ・プロジェクト)

 CAPは、アリゾナの生命線である水資源を確保する目的で作られた 送水路プロジェクトである。1968年にジョンソン大統領が署名したコロラド川盆地企画法によって、CAPが正式に承認された。実際の送水路施設の工事は、1973年に開始された。送水路は、ハバス湖からフェニックスに伸び、後に南下してツーソンまで延長された。工事の完成は、1993年。送水路の全長は、336マイル(540 Km)で、総工費4億ドルという大規模な工事であった。
 こうして完成したCAPは、現在アリゾナ州全体の35%もの水源を供給し、アリゾナ州の生存と未来にとって極めて重要な役割を果たしている。

   
開拓局の発表内容

 以上の深刻な状況が背景となり、本年8月に、開拓局は、コロラド川にある二つのダム(グレンキャニオン・ダムとフーバー・ダム)からの放流水量を2022年から減少させることを発表した。このようなことを連邦政府が発表するのは、米国史上始まって以来のことである。
 この発表による影響は多大なものである。とりわけアリゾナ州は、2022年から水の消費量を18%削減しなければならない。この削減は、簡単ではない。農産業は、最も深刻な痛手を負うことになりそうである。

コロラド川の水に頼るユマのレタス農園

 

   
今後の対策

 アリゾナの一般家庭や商工業においては、より効率的な水使用に焦点を当てなければならない。農業では、灌漑設備を改良したり、水消費の少ない農作物に栽培を切り替えたり、様々な努力が必要となる。

   
突飛な提案をした政治家

 ミシシッピー川とグリーン川の間をパイプで結んで、ミシシッピー川の水を運んだらどうか? このような提案をアリゾナのユマ選出、ティム・ダン州会議員が音頭を取ってアリゾナ州議会で賛同を得、米国議会に提出した。グリーン川は、ワイオミング州からユタ州を流れ、コロラド川に合流する川のことだ。
 この突飛案の賛同者は、このことによって、ミシシッピー川の氾濫とコロラド川の水不足が解決し、一石二鳥だと言う。
 ところが、この案を知った環境保護支援団体は、強く反対の意を表し、ミシシッピー川の氾濫自体は、その周辺のデルタ地帯の肥沃な土地に貢献し、このような計画は、環境破壊をもたらすだけであると主張した。
 はたして、連邦政府や米国議会がどのように反応するかは、未知数である。

   
フェニックス市が行う「節水ワークショップ」

 

 一方、フェニックス市では、早速、住民に水保存のあり方を教示するワークショップが開始された。
 このワークショップでは、専門家が木や植物の育て方などを通して水を効率的に使う方法を教えたり、水を無駄に使わない庭作りのあり方などを解説する。
https://www.phoenix.gov/waterservices/resourcesconservation/workshops
 ただし、新型コロナウイルスの感染下で、ワークショップは、オンラインで行われる。

フェニックス市の節水ワークショップ・ポスター
   
フェニックス市の干ばつ管理計画(Drought Management Plan)
干ばつ管理計画のパイプライン工事地図

 

 フェニックス市は、干ばつ対策の一つとして、干ばつ管理計画を打ち立てている。
 特に2017年、干ばつの状況の好転が予期できず、コロラド川からの水源に限界があると見たフェニックス市は、2億8千万ドルの干ばつパイプライン計画をスタートさせた。これは、市内のドリーミードゥロー公園の周辺に9マイルに及ぶ大型パイプを埋め込み、市の水処理工場に接続するという工事だ。現在、CAPを通して運ばれてくるコロラド川の水を使っている住宅街に、ソルト川とバーデ川の水を使うようにするもので、2023年春に完成予定だ。

フェニックス市が進めるパイプライン工事(これから埋め込まれる66インチの大型パイプが並ぶ)

 

   
水保全への戦い
フェニックス市が運営管理する巨大な排水処理施設、トレス・リオス

 

 砂漠のアリゾナでフェニックスやツーソンのような大型都市が生存するためには、水の保全は、アリゾナ全体の州あげての全身全霊を打ち込んだ戦いとなる。ここに幾つかの例を見てみよう。
1)アリゾナ水銀行
使っていない水を地下に貯蓄する方法。1996年にスタートし、現在アリゾナには7ヶ所の水銀行がある。一番大規模なものは、フェニックスの西郊外にあるトノパーという町にあるもので、帯水層の上に巨大な貯水池を設け、水が徐々に岩や石の隙間から下に流れ、帯水層に貯められている。アリゾナ水銀行は、アリゾナ州が3億3千万ドルを支出し、現在、360万エーカーフィートの水が貯蓄されている。
2)排水処理と水の再利用
フェニックス市は、排水処理を徹底しており、処理システムを完備してきた。さらに「トイレから上水を」という技術開発に取り組んでおり、あらゆる排水が処理後に安全な飲料水にすることが可能になる日が近づいていくとのことだ。この技術はすでにサンディエゴで使われおり、アリゾナでも近い将来、技術導入ができるようになる。
3)海水利用
海水を処理して塩分を除去し、飲料水にするという考えは、長い間、検討されてきた。課題は、海水処理にかかるコストが非常に高いことと、処理過程で出る廃棄物の処理が環境汚染を起こすことになるということである。

   
市民の意識変化

 アリゾナ州の住民が持つ水不足に対する意識態度にも変化が出ている。フェニックス市水道局によると、過去20年で40万人もの人口増加が見られるにもかかわらず、現在の市内年間水消費量は、その20年前とほとんど同じであるという。2000年のフェニックス市は、その80%の家が青々とした芝生の庭を持っていた。ところが、過去20年で、3割以上の家庭が芝を放棄し、人工芝や石を敷き詰めた庭に変えている。

   
土地開発と水資源

 人口増加と企業流入により、土地開発業者が次々と新たな住宅建設に取り組んでいる。アリゾナでは、州法で、業者は、住宅開発をする地域において、100年先の水供給の確保を証明しなければならないことになっている。

   
今年は天の恵みか

 今年の夏は、異例の長期モンスーン季節の到来で、アリゾナ州内の雨量が例年を上回った。そのため、SRP(ソルト・リバー・プロジェクト)の発表では、ソルト川の水量が増加し、25万エーカーフィート増となった。ソルト川は、やはり近年の干ばつの影響を受けていたが、本年の降雨で貯水量に増加が見られ、この天の恵みは、嬉しいニュースとなった。

   

ホホカム族の例

かつては大型貨物船が通るほど川幅が広かったコロラド川だが、現在はその面影もない(ユマ)

 

 人智を尽くしての様々な水確保の戦いが始まっているアリゾナだ。もともと、フェニックスは、かつての先住民ホホカム族が残していった灌漑用水路を再利用することから出発した町である。ホホカム族は、砂漠の真ん中に村を作り、農業を営んだ。彼らは、ソルト川から網の目のように用水路を建設して、水を確保していた。今から思えば、驚異的な古代人の知恵と力である。
 そんな古代人も、14世紀に突然、この地から姿を消してしまった。学者の研究でも、その原因が明確になっていない。しかし、一つの強力な説では、厳しい干ばつがフェニックス一帯を襲い、その結果、彼らが全てを捨てて、他の地に移動したと考えられている。
 さて、私たちも未来は、いかなるものであろうか。
 あなたの家庭の節水努力はどうでしょうか。