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このページに掲載されている記事は、月刊じょうほう「オアシス」誌の記事を出版後に校正し直したものです。

フェニックスを本格的な国際都市に!
新市長に聞く

2019年9月号

 昨年末、市長選挙がフェニックス市で行われた。グレッグ・スタントン前市長が2018年の中間選挙に出馬し、下院議員を目指すために、市長職を辞任した。その後、それまで副市長だったセルダ・ウィリアムスが暫定市長に就任。
市長選挙は、4名が出馬したが、2018年11月の総選挙で過半数の投票を獲得した候補者が出なかった。この場合は、二回投票制のもと、最初の選挙での上位2名の候補者が決戦投票で争うことになっている。
 こうして、ケイト・ガイェゴとダニエル・ヴァレンズエラの2人の候補が対決することになった。両者ともスタントン市長のもとに市会議員の経歴の持つ公職者だった。
 決戦投票は、本年の3月に実施され、ガイェゴが過半数の投票を獲得し、第62代のフェニックス市長となった。アメリカの大都市の市長の中では、もっとも若手の37歳。選挙で選出された女性市長としては、フェニックス市で2人目となる。ちなみに最初の女性市長は、1976年から1984年の間市長職にあったマーガレット・ハンス。
 さて、今月は、この新市長を訪ね、話を聞いてみた。

ガイェゴ市長(市庁舎にて)

 

 
 
ケイト・ガイェゴ(Kate Gallego)

 ニューメキシコ州アルバカーキー市出身。後にハーバード大学で環境学を専攻。卒業後、ペンシルバニア大学ウォートン校で経営学修士課程を修了。2004年、卒業と同時にフェニックスに移ってきた。ソルト・リバー・プロジェクト社の経済開発部、アリゾナ州観光局、アリゾナ民主党本部で仕事をし、2013年にフェニックス市会議員選挙で当選。市長選に出馬するため、2018年に市会議員を辞職。
ハーバード大学で知り合ったルーベン・ガイェゴと2010年に結婚したが、2017年に離婚。ガイェゴの性名を離婚後も使っている。現在、2歳になる男の子、マイケルを育てるシングルマザー。
 なお、ルーベン・ガイェゴは、現在、アリゾナ選出の連邦下院議員。

 

 

新市長ケイト・ガイェゴ

 

 本年3月21日に市長就任式に登壇したガイェゴは、彼女のビジョンを語った。人口急増を遂げるこの都市に多様性の尊重、さらなるダウンタウンの発展、そして、公共交通機関、とりわけライト・レイルの拡張を強調した。新市長の就任式では、フェニックス市庁舎に吹き込む新風に期待する多くの参加者が集い、会場は熱気に包まれ

   
国際都市を目指して
1)国際空港

 フェニックス市は、全米トップの急成長都市である。ガイェゴ市長は、そのフェニックス市が本格的な国際都市に成長しなければならないと訴える。そこで、そのための布石を尋ねた。
まず、フェニックス空港の拡張計画である。

現在のフェニックス・スカイハーバー国際空港の拡張計画
本年6月11日にフェニックス市議会は、満場一致で空港拡張計画を承認した。これは、次の20年先、つまり2039年を目指した国際空港拡張計画のブループリントで、利用客受け入れを現在の4,500万人から8,000万人まで、貨物許容能力を現在の2倍に増やすことを目標としている。この計画は、連邦航空局が定める一定の条件を満たし、総合的な施設拡張運営を可能にするために、予算総額570億ドルが承認された。
ガイェゴ市長は、「スカイハーバー空港を利用する人の数は、毎月記録破りの増加を続けています。私たちは、常に最高のサービスを提供し、高水準を維持できるように、先取りして投資を続ける必要があります」と語る。
こうした拡張工事の資金は、フェニックス市民からの税金から拠出するのではなく、すべて空港内の様々な収入と州および連邦政府の補助金で賄うことができると言う。
a)敷地の拡大
現在の空港敷地は、20年後の発展には追いついていかない。そこで、敷地拡大をする必要がある。まず、空港の北側を走る鉄道だ。この鉄道を地下に走らせることで、地上の敷地拡大を可能とする。
b)ターミナル3
現在ターミナル3では、大掛かりな工事が続いている。工事完成は、明年の2020年。
c)ターミナル2
老朽化したターミナル2をどうするか。
ターミナル2は、明年解体工事が行われ、姿を消すことになる。ここは、将来、仮称「ウェスト・ターミナル」として新たなコンコースが生まれる。
d) ノンストップの海外便を増加
現在、スカイハーバー空港と海外のノンストップ便は、カナダ(9都市)、メキシコ(11都市)、コスタリカ(1都市)イギリス(1年)、ドイツ(1都市)の計23都市に就航、あるいは就航予定になっている。ガイェゴ市長は、「次の目標はアジア」と公にその熱意を示した。アジア、とりわけ、日本(東京)とフェニックス間のノンストップ便に絶大な意欲を表し、現在、ある大手航空会社の就航する可能性が大きいと言う。

 
 
2)民間国際交流

 市長言わく、フェニックスを国際都市としてさらに成長させるには、何と言っても人と人との交流をより一層促す必要がある。
現在、フェニックス市と姉妹都市交流をしている都市は、10箇所ある。カナダのカルガリー、イタリアのカターニア、中国の成都、アイルランドのエニス、フランスのグルノーブル、メキシコのヘルモシージョ、チェコのプラハ、イスラエルのラマトガン、台湾の台北、そして、日本の姫路市である。
姉妹都市交流を通して、人と人との繋がりだけでなく、ビジネスの交流も推進したいと言う。
 また、市長は、州立大学などへの海外からの留学生も大いに歓迎したいと熱望している。とりわけフェニックスのダウンタウンに校舎を持つASU(アリゾナ州立大学)の傘下に入ったサンダーバード国際経営大学院は、世界中から優秀な学生が集まっており、市長の期待も大きい。キャンパスは、若い世代の学生が実際にアリゾナで学び、生活し、友人を作る貴重な体験の場となる。

   
3)多様性を受け入れる社会

 アメリカは、移民の国。フェニックスも積極的に多様性を受け入れたいと、市長は語る。人種、宗教などの違いを認め、尊敬し合う社会こそが国際都市としてあるべき姿だと言う。市長は、すでにアリゾナ・インターフェイス・ムーブメントなどの団体と接触をしていると言う。

   
4)人間が歩ける街作り

 フェニックスには、カナルと呼ばれる用水路網がある。こうした用水路の周辺を市民の憩いの場所となるように、植樹を推進したいと言う。

   
5)公共輸送システム

 ガイェゴ市長は、国際都市であるための一つの必須条件は、充実した公共交通網であると主張している。とりわけ、フェニックス市が取り組んできた本格的な電車システムであるライトレイルの拡張整備することを意味している。
2000年、フェニックス市で住民投票が行われ、ライトレイルの建設の支持を住民から勝ち取った。そして、8年後の2008年12月に運転開始の運びとなった。その後、線路の拡張が行われ、現在、テンピとメサまで延長されている。

 フェニックス在住の日本人へのメッセージを尋ねると、「フェニックスにようこそ。フェニックス市に文化的にも経済的にもバイタリティーを提供してくださるよう熱望しております。他の多くの日本人のお友達をフェニックスに招待してください」と語った。

 

 
新市長にチャレンジする8月のハードル
 さて、ガイェゴ市長には、就任時から大きなチャレンジがあった。それは、8月27日に実施された住民投票である。
この住民投票の一つが、ライトレイル拡張計画反対の提案に「イエス」か「ノー」かを問うものだった。
 この計画は、サウス・フェニックス拡張計画と呼ばれ、すでに市議会でも承認済みで連邦政府からの補助金も確定しているものである。電車の線路は、フェニックスのダウンタウンからセントラル・アベニューを南下して、サウス・フェニックスに伸ばすというものだ。ところが、これが意外な大きな論争の的となったのだ。
   
サウス・フェニックス拡張反対運動と住民投票

 セントラル・アベニューをダウンタウンから6マイル南下してベースライン・ロードまで線路を拡張するというサウス・フェニックス拡張計画は、2014年にフェニックス市議会で決定された。2年後の2016年、住民投票で工事計画が承認され、工事は2023年の完成予定で、本年スタートする所まできていた。
ところが、サウス・フェニックスの自営業者らが、この工事に対して反対運動を起こした。主な反対理由は、電車が走ることによって、ビジネスにマイナス効果が生じるということだ。そして、保守派司会議員のサル・デシシオと保守グループ「アリゾナ自由エンタープライズ・クラブ」が中心となって反対運動を展開し、ライトレイル拡張工事に当てる金額は道路の補修に回すべきであると主張し始めた。
 この運動に拍車がかかり、住民投票に持っていくために必要な数の市民の署名を集め、結局、「提案105号」としてフェニックスの住民投票が行われることになった。さて、この住民投票で「提案105号」が住民から支持されると、サウス・フェニックスの拡張工事計画にストップがかかるだけでなく、将来のウエスト・フェニックスに伸びる計画も中止されることとなる。
ガイェゴ市長は、就任式の挨拶で、この件に触れ、どんなことがあってもライトレイルを支持し発展させなければならない、と訴えた。

   
公共交通機関の賛否両論の奥には

 アメリカは世界屈指の車社会。大都市での公共交通網は、お世辞にも素晴らしいとは言えない。しかし、近年の環境意識の高まりとガソリン価格の上昇、若者の車離れなどが背景となって、公共交通機関の利用者が増加の一途をたどっていることは確かだ。また、公共輸送システムを支え、発展させようとする民間レベルの意識も高まってきた。
 フェニックスのライトレイルもこうした背景から生まれた市電システムである。将来、ガソリンを使わない自動車が主流となり、自然に優しい交通手段への需要が増えれば、当然、公共交通機関の充実は、都市の発展にとって必須の要件となる。
 ところが、アメリカには、一つの根強いイデオロギーがある。それは、「個人の自由意志」と「小さな政府」を尊重する考え方である。これは、かつて、ヨーロッパなどから専制政治や権威の圧力を逃れてアメリカに移民してきた人々やその子孫たちが、新大陸での貴重な価値観として確立してきたものだ。
したがって、銃規制にせよ、医療保険制度の改革にせよ、政府が主導権を取って行う事柄に関しては、大きなハードルが横たわることになる。銃保持の権利とか保険を選択する自由とか、往々にして、「個人の自由」を優先して「大きな政府」を危険視する論理が持ち込まれる。

   
ナッシュビルのライトレイル

 昨年5月1日に、テネシー州ナッシュビル市で住民投票が行われた。これは、フェニックスと同様、ライトレイル建設の賛否を住民に問うものだった。
当初の予想では、建設賛成者が過半数となると見られていた。ところが、いわゆる「草の根」レベルの反対運動が起こり、予想を覆して、過半数の市民は、ライトレイル建設の拒否を選択したのだ。
 その後、昨年6月19日にニューヨーク・タイムズ紙が興味深い記事を掲載した。この反対運動を財政的にも作戦的にも支えたグループは、「アメリカ人のための繁栄の会」という非営利団体だったという記事だ。この団体は、保守、自由主義信奉のイデオロギー系シンクタンクで、広範な政治活動を展開している。そして、運動資金は、コーク兄弟が拠出しているというものだ。
 彼らは、各地で執拗な反対運動を展開したのだ。彼らの作戦は、テレビや新聞紙上での意見広告はもちろん、徹底した戸別訪問と、電話を次々とかけて市民一人一人に接触することだった。同時に当時の市長がスキャンダルを起こして辞任。その影響でライトレイル支持派に大きなダメージが加わった。
そして、住民投票の結果、ライトレイル建設は、廃案となった。

   
コーク兄弟

 アメリカで自由信奉主義を貫き、これに賛同する政治家を膨大な資金を使って次々と自分たちの味方にしてきたのが、コーク兄弟だ。
コーク兄弟は、実際に四人いる。その中で次男のチャールズと三男のデービッドの2人は、ビル・ゲイツをしのぐ億万長者。彼らの活動を詳細に伝えた本、「アメリカの真の支配者、コーク一族」や「ダーク・マネー」などが出版され、ベストセラーになるほどアメリカで注目されている一族である。彼らは、石油、天然ガスなどのエネルギー、肥料、化学物質などを手がける巨大な複合企業「コーク・インダストリーズ」を仕切っている。兄弟の内、三男のデービッドは、先日、病気で亡くなり、全世界のニュースで大きく報じられた。
この兄弟の祖父は、オランダからアメリカのテキサスに移住し、富を築いた。そして、兄弟の父親、フレッド・コークは、1920年代にソ連で石油精錬所建設に関わり、随分苦い経験をしたようだ。その結果、彼は、反共産主義者となり、右翼団体を結成し、ドイツのナチスと取引した。
 このような父親を持つ兄弟は、経済学者、フリードリヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンが唱えた自由主義から大いに影響を受けた。こうして、コーク兄弟は、政府に強い不信感を抱き、政府主導の福祉政策や環境保護のための政策などに反対してきた。そして、自由経済を標榜し、大いにマスコミを賑わしてきた。彼らに賛同する他の保守系献金者と広範囲なネットワークを作り、カネの力で政治を動かそうとする。共和党や保守派の草の根運動「ティーパーティー」も、彼らが資金提供し、アメリカの政界に大きな影響力を及ぼしてきた。とりわけ、オバマ政権が進めようとしていた景気刺激策やオバマケアと呼ばれる医療保険制度改革に対し、「大きな政府」を推進する危険な政策であるとして、執拗な抗議運動を展開した。
また、最近では、コーク兄弟が支援する大手メディアであるメレディス社がタイム誌を出版しているタイム社を買収した。このことで、メレディス社は、全米最大の雑誌出版社となった。タイム誌は、アメリカ社会に大きな影響力を持つ雑誌だ。その上、ピープルやフォーチュンなどタイム社が発行してきた雑誌も含めて、今後のアメリカのメディアがコーク兄弟の思想を広める大きな土台となると見られている。
 「小さな政府」と「自由貿易」を提唱するコーク兄弟は、政府による経済規制などを極度に嫌う。したがって、トランプ大統領が主張する「アメリカ第一」の経済保護主義政策に対し、反対意見を公にし、大統領選挙でもトランプ支援を見送っている。
 こうした「リバータリアン」と呼ばれる自由信奉主義者の彼らにとって、公共交通機関の推進も「大きな政府」が税金を使って行う政策なので、阻止運動を起こしてきた。
   
コーク兄弟のリバータリアニズム
 リバータリアニズムは、アメリカの保守思想だが、面白いのは、だからと言って、アメリカの国家主義を支持するような極右とは異なる。ここに現在のトランプ政権と一線を画する違いがある。
 とにかく、個人の自由という点では、それを徹底的に守ろうとする。したがって、その自由を脅かす政府などの動きには、抗議の声をあげるのだ。コーク兄弟に影響を与えた経済学者ハイエクは、同性愛を国家が強制的に規制すべきでないという立場を取ったが、チャールズ・コークも同性愛の結婚は個人の自由であるという立場をとっている。また、トランプ大統領が出したイスラム圏5カ国からの入国制限措置や関税引き上げ政策に対し、チャールズ・コークは批判をしている。なぜなら、国家がこうしたことに介入すべきではないという立場だからだ。
   
フェニックスのライトレイルの行方は?
 さて、フェニックスのライトレイル反対運動も、コーク兄弟が絡んでいると一部では報道されてきた。特に、保守派グループである「アリゾナ自由エンタープライズ・クラブ」は、コーク兄弟のネットワークから運動資金を受け取っていると報道されている。
 この「提案105号」は、サウス・フェニックスの拡張工事に反対して提出されたものだが、よく読むと、サウス・フェニックスのみならず、今後の一切のライトレイルの拡張をストップさせることを明記している。つまり、ライトレイルの将来の拡張は一切無にすることを目的とした「提案」である。
そして、その是非をフェニックス市民に問う日が8月27日だった。
   
提案106号
 今回の住民投票は、「提案105号」とともに、もう一つ「提案106」も提出されている。「提案106号」は、フェニックス市のペンション・プランに関する財政対策を問うものだ。フェニックス市は、全米にある他の自治体と同様、市の職員に年金制度を提供している。しかし、2008年の景気後退などを経験した多くの自治体は、年金支払いに大きな赤字を抱え、借金をしながらの支払いとなっている。フェニックス市も例外ではなく、巨額の赤字を抱えている。この借金を少しづつ返済しながら、自治体の各種サービスを削減しないで、続行してきた。今回の「提案」では、この借金返済額を一挙に上げ、借金返済を速やかに終えることを政令化するものだ。ところが、これが承認されると、フェニックス市は、現存の各種サービスの大幅削減を余儀なくさせられる。その結果、図書館、公園、ごみ回収などの公共サービスに多大な影響が出る見込みだ。
   
フェニックス市民の選択は?
 さて、8月27日の住民投票では、大方の結果が当日の夜に出た。結果は、「提案105号」と「提案106号」の二つの提案に対して、6割以上が「ノー」と応え、ガイェゴ市長の思惑通り、ライトレイルは続行、ペンション・プランも現存を継続することになった。新市長にとっては、最初の大きなハードルを乗り越えたことになる。
   
全米各地の公共交通網の行方
 ナッシュビルでのライトレイル計画の失敗は、全米の多くの大都市にとって貴重な教訓となるに違いない。どうしたら、反対を最小限にとどめ、計画を履行しいくか、という点で各地方公共団体が模索を始めている。
 企業の反対:とりわけ石油、自動車関係の業界の反対をどう乗り越えるか。
 経済的ハードル:増税をできるだけ避けながら、建設コストをどう賄うか。
 ローカル住民の理解:ライトレイルなど公共輸送に対し、ローカルの住民や自営業者の理解をどう得ることができるか。
 いわば、アメリカのクルマ文化が今後何世代を通して、どのように変遷していくのか。今後の行方をしっかりと見て行きたい。