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このページに掲載されている記事は、月刊じょうほう「オアシス」誌の記事を出版後に校正し直したものです。

街中のゴルフ場に
ワシの一家

2016年5月号 

 ワシは、その精悍な姿から鳥の王者として、昔から人々が敬ってきた鳥である。ローマ帝国の紋章もワシが使われた。アメリカ合州国は、ハクトウワシ(白頭鷲)が国鳥となっている。英語では、Bald Eagle、つまり禿げたワシという意味だが、実際は、頭から肩まで白くなっていて、禿げているわけではない。ハクトウワシは、アリゾナでは、湖や川がある森林地帯などで生息する。
 そのハクトウワシが、何と、スコッツデールのゴルフ場に巣を作った。巣は、今年の1月ころから、ワシのオスとメスのカップルがゴルフ場に立つ高いユーカリの枝の上に作り始めた。これは、非常に稀な事で、近隣の住民や写真家達が、この珍しい風景を見にやってくる。巣は、ユーカリの木の上部にあり、強風の日でも吹き飛ばされることなくしっかりしている。

 今月は、この街中に出現したワシの巣を訪ねてみた。

 
ハクトウワシの体と生態

 成長したハクトウワシは、頭部が白く、体は褐色。全長が70cm から102cmで、翼を広げると2mを超える大型のワシだ。幼鳥は、全身が褐色で、成長するに従い、頭部の白さが明白になってくる。クチバシと足は黄色で、足指は短く、大きく強い爪が生えている。メスは、オスより25%も大きい。
 ハクトウワシは、カナダとメキシコ北部を含む北アメリカ全土で広範囲に分布している。主に魚類を食べるので、海岸や川沿い、また、湖などの近くに生息する。魚以外に、水鳥や小動物も食べる。
 平均寿命:約20年(50才まで生きた例もある)
 卵の大きさ:テニスボールほどの大きさ
 巣の大きさ(最大級で):4m(深さ)x2.5m(幅)、重量1.1トン(これまでの記録上最大の巣:深さ20m、幅3m、重量2トン)
 飛行速度:最高時速75から99マイル

 

アリゾナのハクトウワシ

 19世紀にアリゾナに入植してきた白人たちが、各地でハクトウワシを目撃したという記録が残っている。また、ハクトウワシの骨が古代先住民の遺跡から発掘されており、考古学者の調査では、これは8世紀から14世紀のものだという。したがって、ハクトウワシは、かなり長い間、アリゾナの地で生息してきたことがわかる。
 アリゾナ州内では、多くが、ソルトリバーやバーデリバーの川沿いに巣を作り、繁殖する。普通、母鳥は、1個から3個の卵が産む。アリゾナでの産卵期は、主に1月から3月の間だ。
 さて、卵が生まれると、オスとメスが交互に卵を温める。ヒナが卵からかえるまで35日かかるが、ヒナが生まれると、今度は、親鳥は、食料の捕獲に忙しくなる。餌を採ってきた親鳥は、その餌をヒナに平等に与えることがないようで、強いヒナがどんどん食べて大きくなる。ライバル競争の世界が子供の時から始まる。ヒナ鳥の羽は、生えそろうまでに約12週間かかる。そして、体が大人の大きさになると、5月から6月の間にその巣を去っていく。

 成長したばかりの若いワシは、巣を離れると45日後にカナダや合衆国の北部に移動する。親鳥はその後どこにいくのか、まだわかっていないが、巣を発った親子は別々の行動をとる。そして、1才から3才の若ワシ達は、9月から10月にアリゾナに戻ってくる。
 ワシは、4年から5年で成熟する。完璧に大人になると、自分が生まれた場所に戻ってくることが多く、そこで交尾をして巣を作る。仮に、大人になったワシが自分の生まれた巣に戻ってくると、もともとその巣を作った親ワシが若ワシを追い返すという。一旦育ったら赤の他人ということか。あるいは、親がもはや自分の子供であることを覚えていないのかもしれない。自然の厳しい掟がある。

 

近くの巣を見守る親鳥
親の帰りを待つ2羽のヒナ鳥

 

絶滅の危機から回帰への道

 北米のハクトウワシの生息数は、18世紀の初頭に、約30万から50万羽とされている。ところが、1950年代になると、412組のカップルしか見つからないほど、絶滅の危機にさらされていた。これは、人間による行き過ぎた狩猟が一つの原因となる。1930年にニューヨークの学者が発表したところによると、その年以前の12年間、アラスカ州内で7万羽のハクトウワシが狩猟で殺されたという。その当時、多くの人が羊や人間の子供をワシが取って食べると信じていたことから、多くのハンターが次々とワシを狩猟したようだ。また、殺虫剤としてDDTが使われ始めると、大量に農場に散布されたDDTが、これまた多くのハクトウワシを死滅に近い状況に追い込んだ。DDTが母体に入ると、卵の殻が薄すぎて、産卵に大きなダメージを引き起こすことになったからだ。
 こうした状況に対処して、1940年、米議会は、ハクトウワシ・イヌワシ保護法を可決させ、商業用の狩猟を禁止した。また、1967年に、ハクトウワシは、絶滅危惧種として指定された。そして、ついに1972年、米国内でのDDT使用は一切禁止された。その後、1989年には、カナダでもDDT使用を禁止することになった。
こうした保護への努力が実り始めた。1980年代には、10万羽のハクトウワシが推定数として数えられ、1992年には、11万5千羽にまで伸びた。
2007年になると、ついに、ハクトウワシは、公式的に絶滅危惧の鳥でなくなった。長い時を経て、教育や新聞雑誌などで、国民の意識が随分変化してきた。しかし、まだ、ハクトウワシは、18世紀初頭の数までに戻ってはいない。

なぜ、スコッツデールに?

 ハクトウワシは、人間との接触を避ける。ところが、この親鳥は、こんなにも人が多く、車が混雑する街中になぜ巣を作り、繁殖をすることに決めたのだろうか。まさに、これは、非常に稀なことである。ハクトウワシは、ある一定の領域を確保しないと、なかなか巣を作らない。一般にソルトリバーやバーデリバーの川沿いで繁殖するのだが、この二羽のハクトウワシは、領域の違った場所を選ぼうとしたようだ。そこで、ゴルフ場が多いスコッツデールで、しかも魚が住む池が多く、ゴルフ場内には、ウサギ、トカゲ、ヘビなどの小動物もたくさん生息している。そして、ゴルフ場内で最も高いユーカリの木を見つけた。スコッツデールのゴルフ場が提供した食料の確保と安全の確保が大きな決定の因となったようだ。しかも、ゴルフ場はしっかりと塀でかこまれていて、ゴルファー以外に多くの人が入ることができない。ここまで計算をしたかどうかは、わからないが、極めて慎重にこの場所を選んだことだけは、確かだ。
 ワシ達は、人間と自動車の騒音を余り気にしていない様子で、子育てに忙しい毎日を送っている。
 ちなみに、2014年にもテンピのタウンレイクの近くにハクトウワシの巣が見つかり、ヒナが見事に成長して飛び発った。ただし、ワシの保護に重点を置いた州の野生動物局は、巣の場所を公開しなかったので、一般市民が知るまでに至らなかった。今回もスコッツデールの巣の存在は、新聞で扱われたが、その場所は公にされていない。

周囲の配慮

 このゴルフ場では、ワシの巣を守るために、ゴルファーに配慮を要請する標識を出した。仮に、この巣が危険であると親鳥が判断すると、突然、巣を諦めてこの場を去ってしまうこともあるようだ。一方、今回の子育てが安全に終われば、彼らは、来年も同じ場所に戻ってきて繁殖をする可能性が強い。ワシの巣は、北米の鳥の中でも最大規模で、何年も繰り返し使われる。毎年、新しい木の枝などを加えながら、補修補強をして使う。一般に、巣は、強風や豪雨などに耐え切れず、木から落ちたりしてしまい、普通5年間くらいしか持続できない。しかし、これまで、一番長く使われた巣は、何と34年という長期間がアメリカ北西部で記録されている。
さて、このスコッツデールのゴルフ場にできた巣は、来年もワシを迎えることができるだろうか。

 

ゴルフ場に立つ大きなユーカリの枝に巨大な巣が
 
過去ハクトウワシの巣が発見された場所