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このページに掲載されている記事は、月刊じょうほう「オアシス」誌の記事を出版後に校正し直したものです。

砂漠にできた湿地帯 トレス・リオス・ウェットランド

2010年1月号

 

 なんと、アリゾナの砂漠のど真ん中に沼地がある。もちろん観光名所でもないので、多くの人の知るところではないが、フェニックスが進める一大プロジェクトだ。環境保全の声が高まる中、巨大化したフェニックス市から排出される下水処理を自然環境の力を借りながら行ない、常に不足している水の確保とともに、環境保全と活性化を達成しようとする試みだ。

 今月は、このユニークなトレス・リオス・ウェットランドを歩いてみよう。

 
 
環境か開発か

 環境保全と土地開発が二者択一のように対立してきた近代。人口増加による都市の発展が同時に環境破壊を引き起こしてきた事実は明白だ。
 アリゾナでも言うまでもなく、その最たる歴史を歩んできた。私達人類は、周囲の環境と共存できないのだろうか。この課題にアリゾナで果敢に挑戦している人たちがいる。そして、その人たちが進めるプロジェクトが着々と進んでいる。

 

 

20世紀初頭までのアリゾナの砂漠

 アリゾナの人口増加が顕著になったのは、エアコン技術が進み始めた第二次世界大戦直後だ。それ以前のアリゾナはまさに荒涼とした砂漠ではあったが、それなりに大自然のダイナミックなリズムが躍動していた。フェニックスおよびアリゾナの中部には、ソルト・リバーとヒラ・リバーが滔々と流れていた。毎年春になると、こうした川が頻繁に氾濫した。その後周辺に沼地がいくつもできる。そして、その沼地には、メスキートなどの木々が生えて、野鳥魚、動物が生息していた。
 こうした環境に一大変化が起こる。フェニックスに人々が入植し、農業が始まる。農業に欠かせないのが水の確保だ。しかも、頻繁に起こる川の氾濫で治水の必要が出て来た。こうして、ダムの建設が行われる。ダムができると、ソルト・リバーにもヒラ・リバーにも下流に水が流れなくなる。こうして、沼地が姿を消し、同時に木々や動物なども生存できなくなってしまった。ヒラ・リバーの上流にできたサン・カルロス・ダムは、川の下流で生活をしていたヒラ・リバー・インディアンの人たちの生活の手段を奪うことになってしまう。サウス・フェニックスと呼ばれるフェニックスの南部は、かつて巨大な沼地であったことなど、今では想像もすることができない。

 
近年の変化と努力

 いったん破壊された環境は、簡単に戻っては来ない。しかし、時代の推移とともに、人々の意識に変化が起こり始める。
1980年にアリゾナ州は、地下水管理法を立法化した。環境保全への考え方が強まり始めたとともに、水利用に画期的な変化を求める声がその法案に反映していた。砂漠の中で生き残るには、どうしても水の確保が必要だ。かくして、下水を処理することで再利用しようとする試みが行われ始めた。
 そこで出て来たアイデアが、トレス・リオス・ウェットランドである。これは、市、州、そして連邦政府が協力して、現存の生物の保護、野生環境の活性化、そして水質の向上をトレス・リオスで行おうというものだ。トレス・リオスとは、スペイン語で3本の川の意。つまり、アリゾナを流れる主な3本の川、ソルト・リバー、ヒラ・リバーそしてアグア・フリアを指す。

下水処理工場
   
トレス・リオスの形成

 トレス・リオスは、1995年に建設が始まった。もともとソルト・リバーのすぐ北にあった農場を利用したもので、その北にはフェニックスの下水処理工場が隣接する。フェニックス市と米軍技術隊が共同で行ったこの建設作業で、現在いくつかの沼地と人工の川が流れ、その周辺にはメスキート、ポプラなどの木々が茂り、多くの野鳥が戻って来ている。トレス・リオスは、生物学者など科学者たちがエコシステムと水処理の関係を研究する場となっている。

 
下水処理

 91アベニューの下水処理工場は、アリゾナ州最大規模の工場である。ここで処理された水は、灌漑用に使われ、その後ソルト・リバーに流れるようになっている。現在、フェニックス及びその周辺都市から集められた下水がこの工場に毎日送られて来る。その水量は、一日1億8千万ガーロンという。その内、100万ガーロンの水が現在のトレス・リオスに送られている。ここトレス・リオスは大きな実験室のようなものだ。彼らが研究して来たのは、太陽光線、沼地に生える藻などの植物、水中の微生物などが見事に調和して、人工的に処理された水を自然の水に活性化していくプロセスだ。ここで試行錯誤して行われてきた実験結果は、将来の水再利用に大きな貢献を与えることになるだろう。

今後のトレス・リオス

 トレス・リオスの更なる拡大工事が現在進行中だ。91アベニューの西側に、巨大なウェットランドが出現しようとしている。沼地の自然を利用した下水処理は、世界でも各地で行われているが、砂漠で実施されているのは、このアリゾナだけである。480エーカーの広大な敷地に230エーカーもの沼地が出現する。下水が自然に極めて近い形で処理され、河川に放流されいく過程は、市民の意識変革にも大きな影響を及ぼす。トレス・リオスでもその一部が一般市民に開放され、公園と同じ扱いになる。アリゾナ砂漠に飛び交う白鷺などを身近に見る日がやってくる。

 

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