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このページに掲載されている記事は、月刊じょうほう「オアシス」誌の記事を出版後に校正し直したものです。

戦争で改名となった山、ピエステワ・ピーク

2004年6月号

 イラク戦争は混沌とし、出口が見えないままになっている昨今。その戦争でアリゾナの山の名前が変わってしまった。長い間、市民の間では聞き慣れていた名前「スクアウ」が論争の的となり、フェニックスの市営公園でもあるスクアウ・ピークがピエステワ・ピークに改名となった。

 今月は、このピエステワ.ピークを登ってみる。

 ピエステワ・ピークは、フェニックスのほぼ中心にある標高2,608 フィートの岩山。約1,400 年前に起きた地殻変動で土地が隆起し、地下から噴火して固まった花崗岩でできた山。ソノラ砂漠
特有のサボテンや低木が繁殖し、コヨーテ、野ウサギ、リスなどが
生息している。

 1959 年にフェニックス市が所有権を持ち、市営の公園として管轄してきた。週末には多くの市民がハイキングやピクニックで集まってくる。

   
名前を巡る論争

 

 

 

 アメリカでスクアウ (Squaw) という言葉の持つ意味が争点となって久しい。もともと「スクアウ」とは、カナダ、米国東部に住む北米インディアンのアルゴンキン族の言葉であった。歴史はさかのぼって、1634 年のアメリカの語彙辞典に「スクアウ」が初めて登場している。その後、アメリカの文学や歴史資料に何回も使われてきた。この意味は言語学者の間でも意見が分
かれているのでややこしい。アルゴンキン族の意味する「スクアウ」は、若い女性ということ。アメリカの多くの地名に使われてきた。フェニックスのスクアウ・ピークもその一つだ。アングロの間ではスクアウは女性または妻の意で使われてきた。
 ところが、1973 年に二人のアメリカ・インディアンの共著で「アメリカ・インディアンの文学」という本が出版された。この本の中で「スクアウ」はインディアンの女性を蔑視する表現である
とし、この言葉を使う者は、人種差別者であると決めつけた。
 その後、1992 年にインディアンの社会活動家、スーザン・ハージョがオプラ・ウィンフェリー・ショーに出て、「スクアウは、インディアンの言葉で女性の性器を意味する。」と発言。これで
全米に「スクアウ」の言葉の使用をめぐって論争がわき上がった。言語学者の中には強く反論する者の出たが、この発言の影響は大きかった。

   
イラク戦争とスクアウ・ピーク

 

 

 イラク戦争が始まり、多くの若い米兵がイラクに。アリゾナからも次々と兵士が飛び立った。戦争が始まってまもなくの2003 年3 月23 日。アリゾナ州ツーバ市出身の女性兵士、ロリ・ピエステワ(左写真)を含む一班がイラク軍の待ち伏せ攻撃を受け、ロリ・ピエステワは死亡。彼女の悲報は全米のメディアに大きく報じられた。とりわけ彼女が女性兵士である上、ホピ・インディアンであり、アメリカ・インディアンの初めての犠牲者だったからだ。
 彼女の悲報を受け、アリゾナ州知事のジャネット・ナポリターノは、ピエステワの死を悼み、彼女の功績を称えて、悪名高き「スクワウ・ピーク」の名を変えて、「ピエステワ・ピーク」にしたいと発言した。州知事は女性であり、共和党の強いアリゾナ州で選ばれた民主党の知事だ。この発言で、多くの共和党の州議会議員達が反対を表明。
 結局、改名は州委員会で承認されたが、州内での論議は続く。

   
地名は政治論へ

 

 

 

 

 

 一方、アメリカ・インディアンの代表達は、知事の発言を歓迎。ナバホ族の大統領、ジョー・シャーリーは、「アリゾナ州全体のナバホ・アメリカ人はスクアウ・ピークがピエステワ・ピークに改名されることを多いに誇りに思う。」とし、「このことは、大きな意味がある。アメリカ先住民を誇り高きものにするからだ。」と大歓迎。また、「私達は州のためにも国家のためにも戦ってきた。私達は国の主権と偉大さのために闘争をしてきた。だから、私達の声に耳を傾け、ピエステワ・ピークの名前を保持して欲しい。」と訴えたのだ。
 共和党のフィル・ハンソンは、命名の決定権を持つアリゾナ地理・歴史命名委員会を州知事から離して、州議会の管轄にする法案を議会に提出。これに対し、民主党とアメリカ・インディアンのリーダーは、この法案は多数党である共和党が委員会の決定を左右し、ピエステワをスクアウに再度改名することを目論んでいるとして反対。一方、共和党内でも意見が分かれ、ナバホ・ネーションの中心地であるウィンドーロック出身の共和党議員のジャック・ジャクソン・ジュニアは、2007 年までに全州のスクアウの名の使用を一切禁止する法案を提出し、アメリカ・インディアンの感情に理解を示した。。
 スクアウ・ピークでは過去にも何回か改名をする試みがなされ、1998 年に故ベリー・ゴールドウォーター上院議員の功績を称えてゴールドウォーター・ピークと改名する案も出たことがある。
 ともあれ、こうした論争とは裏腹に、ピエステワ・ピークの岩山は、今日もフェニックスのダウンタウンを見下ろしながら, 悠然とそびえ立っている。