学校で教えないアメリカ史、その3
戦争花嫁の悪戦苦闘
アリゾナは、空軍基地があり、そこには、米兵と結婚した日本人女性がいます。第二次世界大戦で日本が敗北し、アメリカの駐留軍が日本に上陸すると、多くの若き米兵たちが日本人女性と結婚しました。そして、米国に帰国するとき、一緒にアメリカに渡った女性は、「戦争花嫁」と呼ばれました。
僕は、アリゾナに学生として来たので、こうした女性達のことを知る由もありませんでした。しかし、いろんな出会いがあり、少しずつこうした「戦争花嫁」の女性を知ることになります。
多くの彼女達は、全く異国で、言語と文化の違いに困惑し、しかも夫の家庭内暴力やアルコール依存症などで、地獄のような生活を経験しています。
しかも、日本という敵国から来たわけですから、社会からも冷遇を受け、「ジャップ」と呼ばれて軽蔑されること多々でした。中には、離婚して日本に帰る人もいましたが、そのまま、アメリカに残り、子供を育てて家庭を守った人たちもたくさん見ました。
日本で英語教育を受けたわけではないので、いわゆるブロークン・イングリッシュと言って、何とか通じれば良いという英語で生活をきりもみしていました。
ただ、僕が感心したのは、多くのこうした女性達は、その厳しい現実で揉まれて、逞しい、ということでした。英語はわからないアメリカ人が悪いのよ、と開き直って、堂々と生きている女性を何人も見ました。
こうした人たちに焦点を当てた歴史は、学校で学ぶことはありません。でも、これが、現実で、いわゆる無名の女性の悪戦苦闘がアメリカの地にあります。
こうした女性を母として生まれてきた子供達が、今、社会に根を張り、生きています。アメリカという移民の国。違いがあればこそ、価値が生まれのかも知れません。