学校で教えないアメリカ史、その1
日系アメリカ人の強制収容
僕は、アリゾナに来て、いろんな人と知り合いになることができました。その中で、日本関係のイベントで必ず出会う日系人の方々と少しずつ知り合うようになりました。顔は、日本人ですが、アメリカで生まれ育った人たちは、少々、日本から来た日本人の顔と趣が違います。やはり、アメリカ人です。この違いは、食べ物、空気、生活習慣が違うためでしょうか。中には、日本語が堪能の人もいますが、多くは、カタコトの日本語を使って、あとは英語のみという人たちです。
でも、日本文化に関しては、それを親や祖父母の代から継承していこうと、一生懸命学んできた人が多いので、日本文化のイベントには、積極的に参加されている人たちと会う機会ができました。
そんな中、僕が全く知らなかった歴史的事実に出会したのです。僕は、アリゾナ州立大学で歴史学を専攻しましたが、近代アメリカ史の中にも、まるでわざと無視してきたのではないかと思うほど、この事実は、多くのアメリカ人に知らされていないことだったのです。それは、第二次世界大戦勃発直後に起きた、日系人、また在米邦人の強制収容だったのです。しかも、ここアリゾナ州には、2か所の大規模な収容所があったのです。
日本が真珠湾を攻撃し、その日からアメリカは、第二次世界大戦に参戦して、太平洋では、対日の攻撃に入りました。同時に、アメリカ国内では、日系人は、日本のスパイの可能性があるとして、12万人もの人たちが、住む所を追われ、収容所に送られたのです。
僕は、その事実を知って、そのことにショックを受けただけでなく、このことを知らされてこなかったことにも衝撃を受けました。日本の歴史の授業でも扱っていないことです。
それから、少しずつ、収容所の体験を知ろうと、インタビューに歩きました。事実を知れば知るほど、連邦政府が行なった非情なる人種差別と迫害に苛立ちを感じました。
アメリカで生まれたアメリカ市民が、自分の政府から敵視されるのですから、許せない人権侵害の行為です。 その事実を知って、僕が出版していたオアシスに何回か特集として、掲載をしてきました。でも、日系2世、3世、4世の人たちが、今、アメリカ社会で信頼される立派な市民になっている姿を見ると、これは、大きな勝利の証かと思います。