学校で教えないアメリカ史、その2

ナバホ暗号部隊

 アリゾナでよく見かけるアメリカ先住民の人たち。何となく親しみ深く感じる彼らの顔には、やはりアジア系の血を見ることができる。果てしない遠い昔に、アメリカ大陸にやってきた多くの先祖たちは、モンゴル系の人たちだったようだ。

 その中でも、一番多い部族がナバホ族だということを、知ったのは、僕がアリゾナに来て数年も経った頃だったように思う。しかも、アリゾナ州内に、ナバホ.ネーションという巨大な居留区があるなんて、何も知らなかったのです。

 時々、先住民の伝統工芸や儀式用のダンスなどを見るチャンスがあり、興味を抱きました。何か、日本のアイヌの人たちの伝統工芸に似ているように思い、親しみを感じてきました。

 さて、ある時、日本人の写真家である河野謙児さんを知る機会に巡り会いました。河野さんは、当時、長い間、ナバホ・ネーションに住み、ナバホの人たちの写真を撮り続けていました。そして、写真集が出版されたのです。この写真集は、「NAVAJO CODE TALKERS」というタイトルです。日本語では、「勇士達、ナバホ暗号部隊」。第二次世界大戦中、アメリカ軍が使った暗号にナバホ語を使ったため、日本軍が暗号解読できなかったという歴史的事実があります。

 僕は、全くそのことを知らず、それから、調べ始めて、驚きました。ナバホと日本との奇妙な繋がりが見えてきたからです。

 これも、歴史の授業で教えません。軍事機密だったために、第二次世界大戦が終わってから長い間、アメリカの国内でも知られることがなかったのです。

 僕は、河野さんに誘われて、ナバホ・ネーションの首都であるウィンドーロックという町に行きました。そこで、ナバホ暗号部隊のパレードがあったのです。かつて暗号部隊の兵士だった人たちと、いろんな話をする機会に巡り合うことができました。

 もう一つ、ナバホ族と日本との奇妙な関係を知りました。

 それは、広島と長崎に落とされた原子爆弾のウラニウムが、ナバホ・ネーションから発掘され、ナバホ族の人たちが労働に使われたということです。この労働は、大変危険な放射能を浴びる仕事でしたが、ナバホの人たちには、その説明は皆無で、多くの人たちが癌などでなくなってしまいました。

 ここにも、非情なる人権無視の歴史があります。