人種差別の痛み
僕がアメリカに来た頃は、すでに第二次世界大戦はとうの昔に終わっていて、日本は、高度経済成長を遂げ、全世界でもアメリカに次ぐ経済大国になっていました。
日本製の電気製品などがアメリカ市場にも溢れ、日本車が堂々とアメリカの道を走っていて、メード・イン・ジャパンは、良質な製品と、もっぱらの評判でした。
ですから、日本から来ましたと言っても、僕より前の世代が「ジャップ」と呼ばれて軽蔑されるようなことは、経験しませんでした。
しかし、黒人への差別は、目にすることがあり、また、ラティノの系やアメリカ・インディアンと呼ばれる先住民の人たちは、辛い思いを長い間強いられて来ましたし、今も、続いているのが現実です。
鮮明に覚えていることがあります。それは、9.11同時多発テロが起きた時です。アメリカは、明白に攻撃されたのです。その日から、アラブ系アメリカ人への敵視は、どれほど多くの人たちを、差別の痛みに追いやったことでしょうか。しかも、アリゾナで、信じられない事件が起き、ニュースで大々的に報道されました。それは、あるガソリンスタンドで、インド人が銃弾で殺害された事件です。このインド人は、シーク教徒で、頭にターバンを巻き、ひげをたくわえていましたが、イスラム教徒と間違えられて、殺されてしまったのです。何と悲惨な事件で、しかも無知甚だしい犯人の動機だったのです。
国中は、星条旗を掲げた自動車が何台も走っていて、アメリカという国家に忠誠を持つか持たないかで、敵か味方かが区別されるような、単純な二元論が罷り通ったのです。
僕はアリゾナにいて、多人種の国の課題をひしひしと感じていました。
アラブ系アメリカ人への仕打ちは、かつて日系アメリカ人が経験した、あの強制収容の忌まわしい歴史の繰り返しかと思いました。
最近では、コロナ禍に襲われていた時、コロナ菌は、中国から入ってきたという情報が広がると、まるで中国人だけでなくアジア人も、コロナの責任を持つ危険な人種であるかのように感じた人たちが多くいました。
サンフランシスコの中華街やら、ニューヨークの街中で、アジア人が暴力を振るわれて病院に送られたという惨事が次々と報道されました。
ちょうどその頃のある日です。僕は、買い物を終え、店の駐車場で僕の車に乗ろうとしていました。すると、隣に、大きな赤いトラックが止まりました。そして、ある高齢の白人男性が降りてきました。彼は、僕を見るなり、何かを言い始めたのです。彼はマスクをしていたので、よく聞き取れないでいると、彼は、何回も何かを叫んでいるようです。そこで、よく耳を傾けて聞いてみると、何と彼は、僕に向かって、「ゴーバック・トゥ・チャイナ(中国に戻れ)」と言っているではありませんか。僕は、もちろん中国人ではないんですが、彼にとっては、そんなことは、どうでも良く、アジア人は中国に戻れ、と言っているんです。
僕は、カッときましたが、「黙れ、このジジイ」と叫んで、その場を去りました。
何と無理解な白人かと呆れてしまいました。
さて、冷静になって考えてみると、こうしたことの奥には、ある種の恐怖感と危機感が流れているのではないかと思うようになりました。
僕は、「オアシス」の出版の仕事をしていて、アメリカの人口統計を何回も見たんですが、今世紀の中盤ごろには、白人はいわゆるマイノリティになってしまうことが予想されています。これには、白人の出生率が極めて低い一方、非白人の出生率、特にラティノ系の出生率が非常に高く、このままでいくと、2050年か2060年頃には、白人の人口は、全米の過半数を割ることになります。しかも、白人と他人種との結婚も多くなり、白人だけの人口の割合は、減少を続けているのです。このことへの恐怖を持つ白人層がいることは確かでしょう。さらに、移住の国アメリカは、他国からいろんな人が次々とやってきます。9.11以来、アメリカへの移住を厳しくし、門戸が非常に狭くなっていますが、移住を止めることはできません。キリスト教以外の宗教もアメリカに広がります。
これまで、白人のキリスト教徒が全米を仕切っていた時代は、すでに昔となりつつあるのです。この流れに不安を感じる人は、少なくないでしょう。実際、リプレイスメント・セオリーなどという馬鹿げた白人至上主義が一部の人たちの間でまかり通っているのです。つまり、白人が非白人に置き換えられるという危機感を煽る離村です。
アメリカが本当の意味でメルティングポットになり、他人種同士が差別なく生きていくようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。しかし、そうならなければ、この国は、一つの国として成り立たないはずです。 僕の周囲には、実に多くの友人がいます。白人、黒人、メキシコ人、日系人、アラブ人、など。差異にこだわる時代を乗り越え、差異に価値を見出す時代の到来を期待しています。